情報お待ちします
   1.プライマリー
1、佐藤・前田1号(九帝1型)
2、佐藤・前田2号(九帝2号)
3、九帝9型-A
4、美津濃式102型
5、前田式105型
6、伊藤式A-2型
7、文部省1型
8、光式1.3(文部省型)
9、朝日式駒鳥号
10、日本式鳩型
11、佐籐前田SM式109型セメダイン号
12、アカシヤ朝日式5改1
13、アカシヤ文部省1型
14、伊藤式A-2型改
15、光式1.1(福前式)摩耶型
16、日本式カゲロウ型
17、美津濃式1001型
18、美津濃式101型
19、霧ヶ峰式はとK-14型
20、朝日式駒鳥型戦後
21.河合式2K-1型
22.K.G.K式1型
   2.セコンダリー
1、九帝3型十文字号
2、伊藤式B-2型(トイフェル型)
3、九帝9型-B
4、美津濃式201型
5、美津濃式202型
6、光式2.1型
7、津野式(空研式2600型)水上グライダー
8、日本式鳶3型
9、TKT型
10、進藤式SB6型
11、日本式雉型
12、米田式B-2型
13、巴式ろ1型
14、前田式205型
15、kk式101B型
16、アカシヤ式積雲5型
17、アカシヤ朝日式5型改2
18、光式2.2型
19、前田式2型
20、萩原式H22B
21、斎藤式
22.アカシヤ式積雲3型
23.河合式2KM-1型
24.K.G.K.式3型
   3.ソアラー
1,九帝5型阿蘇号
2、グルナウ式ベビーⅡb型
3、九帝7型
4、ゲッピンゲン1型
5、ゲッピンゲン3型(ミニモア)
6、朝日式1型
7、前田式5型玉屋号
8、前田式6型アサヒクツ号
9、前田式7型グリコ号
10、光式5.1型
11、伊藤式C-2型
12、萱場式H・K式無尾翼機
13、佐藤式TC型
14、前田式六甲1型
15、前田式六甲2型
16、美津濃式3001型ポケットソアラー
17、美津濃式301型
18、伊藤式C-5型
19、アカシヤ卷雲1型
20、伊藤式C-6型
21、日本式鷲型
22、オリンピア・マイゼ
23、光式3.1型(ゲッピンゲン1型改)
24、伊藤式D-1型
25、光式6・1型
26、光式6.2型
27、日本式鳳型
28、日本式鳳2型
29、日本式鷹型
30、アカシヤ卷雲2型
31、日本式トンボ型
32、前田式703型
33、霧ヶ峰式鷹7型
34、前田式ク-10
35、日本小型式「力」型
36、巴式は・1型
37、九帝11型
38、日本式鴨型
39、佐藤前田SM式206型
40、ゲッピンゲン4型ゲフィア
41、ハビヒト
42、阿蘇G
43、九帝12型
44、三田式1型
45、倉橋式KD-1型
46、東大LBS-1
47、東飛式SA型
48、富永式鴎型
49、霧ヶ峰式とんぼ54-1型
50,キー23試作滑空機
51、キー24試作滑空機
52、幻の前田式901型
52、キー25試作滑空機
53,キー26試作滑空機
54,幻の前田式901型
   4.ハンググライダー
1、大久保式ハンググライダー
2、頓所式1型
3、頓所式Ⅱ型マイウイング
   5.モーターグライダー
1、日本式蜂型
2、光式研2型
3、SN-2
4、山菱式SED-8
   6.大型輸送滑空機
1、前田式ク-1
2、海軍空技廠MXY5型
3、福田.日立HT3型
4、立川式D-1型(キ-54)
5、国際航空式ク-7
6、国際航空式ク-8
   7.人力機
1,佐藤前田式S.M-OX
   8.軽飛行機系
1、萱場式4型無尾翼軽飛行機
2、光式8.1型
  9.検討,考案、研究
 10,1946年昭和21年以降
   プライマリ
1、九大式KUー1型
  セコンダリー
  ソアラー
1、SS-2
22、オリンピア・マイゼ

1.諸元表


オリンピア・マイゼ諸元表
2.図面   オリンピア・マイゼ 三面図 出典九州大学
   その1         その    

     部分図         

             その3           マイゼ胴体前部

           その4           マイゼ胴枠

             その5            マイゼ方向舵

             その6            マイゼ主翼リブ


         その7          マイゼ ノーズキャップ

         その8    マイゼ 昇降舵

       その9    マイゼ 胴枠

3.写真
杉山均氏提供
オリンピア・マイゼ

島本写真集より
当初「滑空史」を起案した時から佐藤博よりも戦前に江崎グリコの宣伝部におられた島本敬一を描くことで日本滑空が企業を宣伝媒体としてどこまで発展できたのかしりたかった。当然敬一翁の生存に望みをかけてグリコ製菓へ打信したときに「滑空史ドラマが始まった」と思う。

グリコ製菓の対応は、しがない個人の要望に対し、紳士的な対応をしていただき今回の滑空史保存協会の一歩が踏み出せたことは間違いないのである。このときグリコ製菓より「残念ながら当社にいた島本敬一は故人となられたがご子息が大坂におられるので必要であれば仲介の労もいとわない」という暖かなお手紙を頂き、ここに島本真氏との出会いが実現したのである。

さて、島本自宅書庫棚には「何故ここで眠っていたのか」と思われる日本滑空黄金時期の写真他が整然と整理されており、また滑空士のよこのつながりも当方が追いつけない紹介であった。
堺水上飛行学校ほか関西の滑空界はほとんど網羅されており、なかでも金光漢滑空士、常国隆、吉川精一、高山宗夫、ほか長い長い交際が残されていた。

ここで皆様には島本写真集からとっておきの生写真原本初公開を行います。まず滑空の書籍や写真輯ご覧になって「?」と思われる内容に出くわしたことがありませんか。
それは[車も走れない山頂に滑空機を担ぎあげで飛ばしていた」と書かれた書物は多くありますが、実際どのようにして担ぎあげたのかは、その証拠写真は皆無でした。(日本記録前田式703の写真には1枚公表されている)今回島本が保管する写真公開でその先陣の若人の苦労が少しでもわかって頂ければ幸いです。
  
          その1        その2     その3        マイゼを六甲山頂に運ぶ  

自分が乗れるチャンスが来るのか解らないなかでこのような汗水たらして担いだ時代があったのです。現代の若人にはこの「ガッツ」はおありでしょうか。 
出題「さて有名な生駒山頂で飛ばしていたころ滑空機はどのようにして山頂に運びあげたいたのでしょうか」  
  

吉川精一写真集より

その4     六甲山頂より

   その5           その6      その7    その8  

その9    その10              の11 

 小森郁夫航空機写真集より
 
その1    その2    その3    その4    その5

その6    その7    その8    その9    その10 


   
4.その他

  オリンピア・マイゼ登録番号別調査表

 オリンピア・マイゼ国産2番機   航空時代 11巻8号より


オリンピア・マイゼ曲技         写真週報より

  オリンピア・マイゼ コクピット     写真週報より


航空朝日記事

  最近のドイツグライダー  抜粋  2巻6号143ページ
九大教授 佐藤 博

 滑空の秋           抜粋  3巻10号31ページ


大阪美津濃尼崎工場で制作の「美津濃オリンピアマイゼ」
出典 大阪美津濃社史編纂室

胴枠1  胴枠2・主翼

更新2014年2月9日
5、マイゼ三面図トレペ原図   
九州大学出典



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